ちょこチップス

お気楽CHOKKOさんののほほんな毎日

お寿司食べると思い出す。

こんちは 最近心身消耗状態気味の

水汲みなぎさんぽにスト CHOKKOです。

 

なぁんすかね 母との生活も二年を過ぎて

バーンアウト状態(燃え尽き症候群)と言いますか

元来の鬱がまた頭をもたげて来ていると言いますか、

同じ時期の過去ブログを振り返りましても

疲弊していると言いますか

生活の質が どんどん落ちて行ってるのを

実感する毎日です。

しょぼくれてるとのか、意気消沈と言いますか。

空元気出すのも疲れました状態です。

 

さて、昨日は天候が不順で

雨が降ったり曇ったりの天気で

大型連休最終日を迎えてしまった

わけですが、

今日はまた一転。

朝から晴天で絶好のお出かけ日和

お洗濯日和でありました。

 

で 朝から母の用事を済ませ

「米が買いたい」と言うのでミントちゃんで

近くのフレンドマートに買い出しに。

その際 お昼ごはんに

あたしとお方様用に、寿司の盛り合わせと

いなり寿司、巻き寿司の盛り合わせ を購入。

でね。

握り寿司の盛り合わせは、あんまり思わないんですが

やはり、あたしら世代で言いますと

寿司 と言えば、

巻き寿司 いなり寿司 

後はちらし寿司 

祭りの時は鯖寿司

が定番だったので 

巻き寿司、稲荷を見るとついつい

大皿に山盛りになっていた

子供の頃の祭りや、親戚との会食を

思い出すのですけれど

 

後 もう一つ トラウマ的に連想してしまうのが

大昔 1961年公開の東宝特撮映画

『世界大戦争』

そのラストに出てくる巻き寿司、お稲荷さんが

どうしても頭を過ぎるのですね

youtu.be

あらすじとしましては

フランキー堺さん演じる、タクシー運転手の

貧しいながらも、ささやかに幸せに生きる

ごく普通の家庭が

国際情勢の悪化から

各国間の外交努力も虚しく、

結局は戦火を交える事態になり

最終的には、全面核戦争となって

日本(東京)にもミサイルが落ちてくる…。

 

と言う筋書きで、

終盤 東京に核攻撃の情報がもたらされ、人々は

我先にと逃げ出す最中

フランキー堺演じるタクシードライバ一家の人々は

退避するのを諦め 自宅で家族みんなで

最後の時を迎える事を選択します。

 

一家の長女も付き合ってた政府関係者?と

逃げずに家族と運命を共にする事を選んで

恋人とモールスかな?

幸せだったね と打ち合って最後を迎えます

 

で いよいよ、明日攻撃があると言う前日

一家は自宅で、お寿司やフライなど

子供の大好きなご馳走を一杯にしたテーブルを囲み

子供達は

『わあ お祭りみたいだね』とはしゃいでご馳走を頬張り

フランキー堺は

『遠慮なんかすんなよ あたしゃこれだがね』

と晩酌をしていて

覚えてなかったんですが、妻は薬を服用してて

フランキー堺は『かあちゃん 薬の時間じゃないか?』と

薬を服用させるんですよね

明日 死んでしまうのに。

で、子供達は事情がわかってないので

夢のようなご馳走をたらふく食べて

フランキー堺は

『人間は そんな悪いもんじゃないんだがなぁ』

みたいな事言いながら酒をあおっていて…。

で 子供達も寝静まった夜

東京や世界の主要都市は核攻撃で

壊滅する

と言うもので。

 

でその「最後の晩餐」に

ステーキやらスパゲティとかではなく

巻き寿司とお稲荷さんが並んでいるのが

妙に印象深くて。

 

そのせいか、あたしも巻き寿司やお稲荷さん

食べる時、映画の子供達と同じように

お祭りみたいだなぁ と思うと同時に

この世界大戦争の最後の晩餐を

思い出してしまい、

なんか少し切なくなるのでありました。

 

この核戦争物の作品で言うと

印象に残ってるのは他には

『渚にて』

残念ながら、あたしの見たのは

後年のリメイク版ですが

オリジナルは名作と誉高い作品です。

 

大国同士の核戦争の後

生き残った人達は、迫り来る放射能の雲に

怯えながら、最期の時を迎えようとしている

そこへ、どこからか

通信が入ってきて、他に生き残っている人達

放射能から逃れた人たちがいる事を知ります

 

それで、潜水艦(だったかな)でその通信の発信元を

探査しながら、ようやく特定して

辿り着いたそこには

遠の昔に死亡した人の亡骸の傍に

太陽電池で動くパソコン

(オリジナルでは確か通信機)が

あるだけで生存者はなく

失意のもとに、元の国に戻って

人々に、希望は潰えたと告げます。

 

で 人々は逃れるのを諦め

それぞれが安楽死する薬を渡され

思い思いに、愛する人と、愛する場所で

死を迎えていく 

 

これは 2011年の東日本大震災と

福島の原発のメルトダウンを聞いた時

即座に頭をよぎりました。

 

他人事ではありません

絵空事でもありません。

滋賀の隣 福井には原発銀座があります。

高速増殖炉もあります。

大阪や近畿に電気を送る

原子の火です。

その近くには海自の基地。

 

ここで 万が一が起こった時

放射能は風に乗り、日本海から太平洋に向かって

流れてくる。

実際 湖北の学校では

その時のために小学生や中学生に

ヨード剤を渡す もしくはそれを検討していると

聞いた事があります。

(ヨード剤は放射能の人体へ影響を及ぼすのを

遅らせる薬で安楽死剤ではありません)

 

核戦争物ではないですけど

コロナ禍の時は

『復活の日』

がまず頭をよぎりました。

あの冒頭の、廃墟のアパートの

ベランダのベビーカーの小さな亡骸と

傍に横たわる母親の亡骸

暴動を止めようとした警官の亡骸と

暴徒の亡骸

あれは、今もトラウマです

コロナの時は本当にこのまま、病原体が変異して

ああなってしまうのではないかと。

 

あの未知のパンデミックで

毎日更新されていく死亡者数

感染拡大していく日本地図

何より、

自分自身 介護職として、看護班と共に

医療最前線に立ってしまった経験は

今も恐ろしい悪夢として

記憶しています。

 

今 イラン・アメリカイスラエルは交戦状態にあり

ロシア・ウクライナ戦争も未だ見通しが立ちません

中国の台湾侵攻も現実味を増してきてます。

考えたくはないですが、

いつ何時 『最後の晩餐』を

食べることになるか

予断を許さない現状なのも

確かです。

 

時として 最後の晩餐は何食べたい?は

愉快なお話として、語れる時も多々ありますが

そんな時が来ない事を

切に 切に 願います。

 

巻き寿司、お稲荷

それを見るたび、少し薄ら怖い

あたしでありました。

 

今回もおいでいただき、有難う御座いました

感謝致します

嬉しい 楽しい 幸せ。

 

皆様と共に