ちょこチップス

お気楽CHOKKOさんののほほんな毎日

チャリキでGO 神社にご挨拶回り。

どーも 最近お気に入りの

ブラタモリを録画したBlu-rayディスクが一枚

ダメになって見れなくなったので

ショックで落ち込んでるGG

CHOKKOです(T . T)

え〜ん(泣)なんでやねん。

 

さて あたしは毎年 元旦の朝

氏神様をはじめ、近所の神様巡りを

しているのですが、

今年は、父の喪中の関係で

『初詣』が出来ない関係で

回れなかったのですけどね、

忌明けもしているし、松の内も過ぎた事から

今日 年明けの挨拶が遅れた非礼の

お詫びと、年明けのご挨拶をしに

いつもの近所に御坐す

神様を巡ってきたのでありました。

 

1月25日 昨日までのPM2.5による空の霞も

とれた青空の下。

『旅サラダ』見ながらの朝食を済ませ

チャリくろ君に跨って、いざ

神社巡りにチャリキでGO

 

◾️粟津神社

まずは、「粟津神社」様から。

 

御祭神は大国主命・大導寺田端之介・田中恒世。

265年に彦 坐王により創建されたと伝えられており、

古くは粟津山王権現と称していた事もありました。

また膳所の開発に尽力した

大導寺田端之介を合祀しているため、

田端山王権現とも呼ばれており、

通称田端さんの名でも知られています。

 

白鳳2年(673年)田中恒世という人物が

日吉の神に粟飯を献上し褒められて以降、

毎年この土地から日吉祭に唐崎沖で

粟飯御供を行うようになり、

田中恒世もこの神社に合祀されました。

この、粟津御供(あわづのみく)の祭儀には

あたしの亡き父が長く携わっていまして

雑誌の記事で写真に載ったことが有りました。

 

以前は毎年 八月頭に

田端さんの祭り(粟津祭り)と称して

境内で夜店や福引など夏祭りが

行われていて、

あたしの子供の頃は

境内以外にも、田端さんに通じる

周囲の道などに、お菓子や紙でできた灯籠、

玩具や金魚掬い等の露店が

びっしりと立ち並んで

賑やかな夏のお祭りでした。

 

近年になって規模は縮小の一途を

辿りはしましたが、あたしの息子っち

達も楽しみにしていた

街の夏の風物詩でした。

 

ここ数年は開催されなくなった様で

寂しい限り。

 

小さいお社ですが

ブランコや太鼓橋のようなハシゴ

ぐらぐら揺れる、ゆりかご式の遊具。

砂場なんかもある小さな公園でもあって

あたしも子供の頃 よく遊んだところです。

木にもよく登ったなぁ…。

 

また、写真では少しわかりづらいですが

鳥居がすごく低いです(笑)

頭打ちそう…。

 

しかし 今更ながら知ったけど

田端さん 山王さんやったんか…

資料によると、お社には神猿の彫刻があり

お社前の石灯籠は藩主寄進のものらしい

長く住んでて 知らんかった(笑)

今度ゆっくり見てみます。

 

 

◾️本多神社 広鶴大神(お稲荷様)

次は本多神社にある、広鶴大神

お稲荷様です。

小山の頂上の広鶴大神様を初め

色んなお名前のお稲荷様が

末社に祀られていらっしゃいます。

 

この広鶴大神様 と言うお稲荷様が

どの様なお稲荷様なのか、

ちょっと分からないんですが

ここはね〜変わってるんですよ

 

分かりますでしょうか?小高い小山の様な

上に築かれておりますけんど、

実は これ古墳なんですよ

円墳の上にお稲荷さんが座すのです。

 

でね、この円墳の下には

『子育て地蔵』と言う、かつて

お城の奥女中がお参りしたと伝わる

お地蔵様が座してですね

それが、古墳の石室みたいな

(おそらく石室を転用した)中に

石棺に掘られた石のお地蔵様が

おられるのです。

 

実はこの広鶴大神の座す円墳の横に

もう一基 円墳がありまして

そこには崩落した石室と

直立した石棺が見てとれます

本多神社古墳と言います。

www.shiga-bunkazai.jp

本多神社古墳に関しては

あたしが以前勤めていた

滋賀県文化財保護協会のサイトでも

紹介されておりますので、

参考になさって下さい。

 

 

実は、ここは膳所藩のお殿様のお屋敷

瓦ヶ浜浜御殿があった場所で、

故にこの一帯は古来より

御殿が浜と称されております。

 

残された庭の一部の遺構

 

このように、現在は荒れ果てた庭の一部が

残されているだけですが

往時は琵琶湖と繋がった入り潮式の

(東京の恩賜浜離宮庭園のような)

回遊式庭園があり

先述の円墳等も庭園の築山として

使われていた模様です。

 

浜御殿の様子がどの様なものだったのかは

早い時期に破壊、整地されて

田畑等になっていたようではっきりとは

わかっていない様ですが

彦根城下屋敷

松原御殿 と言うのがありますので

こちらも琵琶湖に通じた

入り潮式回遊式庭園なので、

同じ様なものだったのでは?

とあたし的には考えております。

 

また、調べたところによりますと、

草津本陣が火災で焼失した時に

膳所藩から浜御殿を移築した

と言う伝承があるので

(ただし本陣の調査では

 事実確認は出来ていない)

ひょっとすると、

城が有ったある時期には

すでに浜御殿は破棄されていた

のではないかと

あたしは考えております。

 

本多神社 現在は綺麗に整備されて

明るい感じになっておりますが

以前は、昼なお暗い鬱蒼と樹木が茂って

荒れ果てたところで

子供の頃、友人達と銀玉鉄砲の

撃ち合いとかして、よく遊んだところでしたが

子供心に、薄気味悪く怖いところでした。

 

実は、今でも

崩落した古墳や、岩屋のお地蔵様とかは

撮影するのを躊躇う、(何かが)あるので

今回は自分では撮影しておりません(笑)

 

またいつか、膳所の街ブラと共に

取り上げてみたいと

思っております。

 

 

なぎさ公園(膳所公園のわんど)に居た

白鷺さん 

君よくいるよね なんか狙ってる様です。

ちょっとピンぼけですみません。

 

さて いつも年始一番は、氏神様を含め

これらの神様や、お地蔵様を巡って

回るのが恒例行事だったのですが

今年は喪中につき、「初詣」を避ける意味から

今まで行けておりませんで

気になっておりましたが、

これでやっと、地域の神様がたに

ご挨拶が出来て良かったです。

 

地域の神様方、仏様方

ありがとうございます ありがとうございます

ありがとうございます

今年一年 また宜しくお願いいたします。

 

あたしの住んでいる地域は

古くから(縄文の湖中遺跡もある)人が

住んでいたところで、

お城のあった頃から町割は変わっておらず

そこここに、歴史の遺物が見てとれます。

 

旧東海道も街中に通っておりますし

歴史好き、街並み好きの方には

ぶら歩きするのにいい所だと

思いますので

大津にお出での節は

ぜひ街歩きされるのをお勧めします。

 

今回もお出で頂き、

ありがとう御座いました、

感謝いたします。