ちょこチップス

お気楽CHOKKOさんののほほんな毎日

天国での暮らしはどうですか を読みましてん。

大雪 って言われていますが

大津(の、あたしの住んでる辺り)は

今のところ、チラチラ舞うことがありますが、積もってません。

湖北はえらい事になってますけど。

蓬莱山も山全体が真っ白(写真は昨日のもの)

 

 

実家のサザンカは、ようやく咲き出しました。

昨年は1月頭には咲いてたみたいなので

今年は少し遅いのかな

でも、道路の生垣のサザンカ

だいぶ前から咲き出してたけどなぁ

育て方がマズいのかしら?

 

 

はい、さて本題です。

昨年12月に、いつもブログ拝見させて頂いてる

のそらさんのブログで知って

飛んで買いに行った

『天国での暮らしはどうですか』

もう、何回も何回も読んで

その度に涙して、

いい涙活になりました。

hinemosunotarifire.hatenablog.com

 

買ったのは去年です

もうね この本を教えて貰った時から

速攻 泣く自信満々でしたが

案の定 読むたび泣きまくり。

 

普通に心に響くコミックですが

特に、犬猫やペット飼ったことのある人には

ズズンと心に刺さる本なので

一日も早く紹介したかった…。

のですが、どーもあたしゃ

本の感想、と言うか

レビューというんが苦手て

どう伝えたものかと 考えあぐねてる間に

随分月日が経ってしまって。

 

でも、とっても優しい心になれる本なので

散文的ではありますが、ご紹介。

 

まず、作品の流れとしては

亡くなった、ペット(猫が多いです)達が、

生まれ変わる前に

天国の池から飼い主の心配をしている。

 

で、手続きをすると、一回だけ現世に

戻ることができるみたいです。

で、中には飼い主が、自分を忘れているのでは無いかと

心配な猫も。

 

そういう、下界を見れる池を通して

亡くなったペット達と現世の飼い主達の

交流という感じで、話が進みます。

 

で、飼い主は飼い主で、一緒に暮らして

ペットが幸せだったのだろうか とか

自分が苦しめたのでは無いだろうかと

思い悩んでいる。

 

そう言う飼い主たちのところに

降り立ったペットたちが

(姿は見えない)自分たちは

幸せだったよ と伝えて

慰める て感じでしょうか。

 

これは、あたしも今までたくさん

わんこやニャンコと暮らしてきてるので

いつも感じることで、

もっと遊んでやればよかった

もっと優しくしてやればよかった

と、いつも思うことがあって

ほんとに共感しました。

 

特に最後に飼ったわんこは

心臓が悪くて、最後は襲いくる心停止に

目の前で 苦しんでいるのに

どうしてやる事もできず

『もうすぐ楽になるからね』という

言葉しかかけてやれなかった と言うのが

今でも悔やんでいて。

 

もっとちゃんと獣医に相談すれば

(薬は飲ませていたけど)もっと

生きられたのに、あたし達が

老犬だからと見殺しにしてしまったような

気がして、いつも負い目に感じてて。

 

でも、この作品で書かれたエピソードのように

『ぼくは 楽しかったよ 幸せだったよ』と

思って貰えてるなら

いいなぁ と涙が止まりませんでした。

 

これは、ペット飼ったことがある方なら

聞いたことがあると思いますが

『虹の橋』や『虹の園』で

飼い主を待ったり、生まれ変わったり

するという説話の系列のお話で

こう言うふうに、お空で待ってくれているのなら

また いつか逢えるかもしれない と

そんなこと考えたりして。

 

そして、この作品では

池に入って現世に来たペット達は

見えないけれど、気配になって

飼い主の周りにいる、と言う描写があって

これ、その最後に飼ったわんこを死なせてしまってから

あたしも、亡くなって数日

わんこの気配がしたり、

ふっと『犬の匂い』がする時があって

これは、あたしの妹姫も同じ事

言ってて、

ああ こうして見にきてたのかな と

思えてまた泣けました。

 

で、話が進んでいくと

天国では昔から 故人を思い出すと

その人の周りに花が降る と言われている

と言うのが出てきて、

これは人間だけではなく、ペットにも

当てはまって と言う話になってて

飼い主が、亡くなったペットを思い出すたび

ペットの上に花が降ってくる

あたしは、これがとても気に入りました。

 

その中で

『いつか思い出せない日が来ても』と言うエピソード

ここでは 亡くなったニャンコが

反対にこの降ってきた花を池から(飼い主に)

落とすと ペットを思い出す と言うのが出てきて

年老いて、認知症が進んだ飼い主が

ペットの降らした花で思い出すのですが

それが、記憶のタンスの引き出しが

開けられなくなって思い出せないでいる

と言うふうに描写されてる。

 

で、これ読んで、

認知症って、こういう状態なんだろうなぁと

感じました。

簡単に開けられる(記憶の)引き出しと

開けられなくなった引き出し。

それと、モノが入れ辛くなった引き出し。

あたしの母のような 認知症の人の

頭の中ではこう言うことが起こっているのかな

と思いました。

 

でも、思い出や記憶は

消え去ってしまった訳ではなくて

『取り出せなくなっているだけ』

なんだなと。

 

これ考えてると、ふと

涙そうそうの一節が浮かびました

〜思い出 遠く あせても〜

涙そうそう いつ聞いても

泣けますよね(笑)

 

それにしても、記憶。

忘れたくない記憶は、掠れて行くのに

忘れてしまいたい記憶は、いつまでも

鮮やかなのは何故なんでしょうねぇ。

 

取り止めもなく 長くなりましたが

もう少しだけ…。

 

あたし、故人の(人間でもペットでも)

一番の供養は『思い出す事』なんだと思います。

ずーっと忘れす心に悲しみと共に積もっている

と言うより

何かの拍子に、故人を思い出す

故人を偲ぶ。

それが一番の(供養)なのかも

しれないな。と。

ペットでも、人でも。

桜を見る、ある言葉を思い出す、

音楽を聴く、景色を見る、ものを見る。

それに紐づけられた記憶を『思い出す』事

そう言うことでの『忘れないこと』が

供養なのでは無いかな と。

 

あたしも、大概のお年ですので

たくさん見送ってきました

一番の親友 あたしの作品を目にかけてくれた

イベンターさん、大学の先輩、

知り合った作家さん

お祖父ちゃんお婆ちゃん

叔父さん達 叔母さん達

特別養護老人ホームでの介護の仕事で

看取られて頂いた、利用者さん達。

今まで飼った

ニャンコ わんこ達。

お姑様。最後に飼った 可愛がったわんこ。

そして 父。

 

想い出 遠く霞んで行くけれど、

思い出すよ。忘れない。

 

だから、もし

あたしにも『思い出せない日が来た』としても

花の雨降らせて 記憶を呼んで欲しい。

 

先に行った みなさん

そちらから、見えますか?

 

この本は、ペットとの交流を主としてはいるけれど

そのこと自体は、普遍のものとしてあるんだと

そう、思わせてくれる本でした。

 

ああ やっぱりあたしには

レビューは無理だな(笑)

ちっとも纏まらへんやんかいさ(笑)

 

ただ もう少し、クセのない絵なら(笑)

よりよかったかなぁ

 

でも、いい本に出会えました

何回も何回も 泣けました。

ご紹介頂いた のそらさんに感謝です。

 

今回もお出で頂き 有難う御座いました

感謝致します。

嬉しい 楽しい 幸せ。

 

皆様と共に。