こんちわ 皆様。
お正月も明けては早8日。
そろそろ、仕事も本格的になって
日常のペースも戻り、
もうすっかり平常運転かと思いますが、
反面 仕事始めの疲れが、
そろそろやってくる頃かも知れません
そんな今日この頃。いかがお過ごしでしょうか。
さて、今年2026年春は
彦根市のキャラクター、
みんな大好き『ひこにゃん』の誕生20周年に
当たるそうで、この春は、
その誕生記念セレモニーなど関連イベントが
行われる様ですね。

20年経っても大人気のひこにゃん。
牽引してきたと言って
過言ではないと思います。
彦根城の観光客の集客に、多大なる功績を
残している ひこにゃん。
彦根城を訪れる観光客の中でも、
『ひこにゃんに会いに来た』と言う観光客の
割合がかなりのウェイトを占めているそうで
如何に 『ひこにゃん』の人気が高いかを
物語っているのではないでしようか。
いいよなぁ ひこにゃん。
さて、ひこにゃん20周年と聞いて、あたし
僭越ながら、そう言えば、あのキャラクタも
同期だったなぁ なんて考えてまして。
まぁ ご存知の方もいらっしゃるかもですが
あたしの現役時代にやった仕事のうちの一つに
某団体のマスコットキャラクタ と言うのが
ありまてね。
そのキャラクタと言うのがこちら↓
で、仕事の経緯や詳細はこの記事読んで
いただくとお分かりかと思うのですが、
あたし とんでもない勘違いしてましてね
こともあろうに、あたし
なま◯げ先生とひこにゃん様がてっきり
『同期』だとばかり思ってたのですが(笑)
ひこにゃん 今春で20周年と言うことは
デビューは2006年(平成18年)
かたや、うちのナマズは
2004年(平成16年)9月デビューだったという
トンマな思い違いに気がついたん(笑)
今頃かい!
なんと なま◯げ先生の方が二年パイセンだった
と言う驚愕の事実が発覚(笑)
そう言えば、この平成16年のコンペを皮切りに
数年、立て続けにコンペに通ってたんですよね
そのうち、世の中は『ゆるキャラ』と言う奴が
ブームになっとるぞ! と言う事になって
それで、その頃出てきた、ひこにゃん様と
同期だと、戯けた妄想ぶっこいて
いたんすかね。
とは言え、ひこにゃんは
作者の、もへろんさんが
それ以前に絵本等で出してて、
人気が出ていた
『ひこねのよいにゃんこ』
が元ネタというかベースになってるので、
それ含めると、かなり同期かも知んない(笑)
まぁ それは良いけど、
そうか ひこにゃんも なまひ◯先生も
20年選手ですか…。
そうそう、思い出したけど
平成18年あたり、世のゆるキャラブームに
乗っかって 先生も『足出すか!』と
半ば本気でSJCで話してた時があったなぁ(笑)
当時は、勿論まだゆるキャラの作成技術が
今ほど確立してなかったので
デザインも含め、予算とかも鑑みると
とてもペイできるモノではない との事で
自然消滅したんですけどね。
もう少しゆるキャラブームが早かったら
足出すデザインで考えられたかも
(きもい!)
でも。
実は(笑)県下のクレーンゲームの景品とかに
ぬいぐるみはどうじゃろう
と言う様な意見も出て
大・中・小のぬぐるみを、
先行試作したんですよね
そ〜れが 実は はいこちら↓





(笑)うへぇ〜 出来は決してよろしく無いわいね。
先行試作品だからねぇ…。
あたしも監修したわけではないし。でも全体としては
まぁまぁ出来てるかなという程度
かろうじて、なま◯先生に見える。
でも、背鰭がないじょな。
抱き心地は割と良いです。
毛並みが(ナマズなのに)猫っぽいわ。
で、これは中型で もっととんでもなく
大型のんもあったんだけど
写真が撮れてません。あとクレーンゲームの景品や
チャームに使う用の、もっとちんもいのんもあったけど
それも写真撮れず。
何故なら、現役時代 スマホや携帯
お方様が持たしてくれなかったんやもん。(怒)
今ならバチクソ撮ってたのになぁ。
で、大中小それぞれ試作品止まりなので
それぞれ1〜数体しか存在せず
あたしの持ってる、これは定年退職の時に
会社の応接室に飾ってたものを
選別がわりに貰ったもの。
おそらく、数体しかないうちの一体。
でも、これか、チャームサイズのぬいぐるみが
カメラの棒の先に『タモかめ』みたいに
ついてるの持って、
リポーターさんが地元を取材する
『なま◯げ先生が行く!』と言う
琵琶湖放送の夕方の情報番組の一コーナーが
有ったんですよ(笑)
あと、ぬぐるみは量産に至りませんでしたが
ボールペンや、クリファイル、メモ帳 封筒など
ノベルティグッズは量産されて
役所や支所にあったり、発掘長調査員してる時は
一緒に働いてる、シルバー人材センターの
じーちゃん、ばーちゃん達が持ってたりして
非常に小っ恥ずかしかったっす(笑)

ババンと(笑)貼ってて草。
さて 思い返すとかれこれ22年前か
今でも覚えてる。突然デザインコンペする事になって
コンペなんてした事ないし
何から取り掛かって良いのか
分からないで悩みに悩んで
(ほや。ひたすら考えながら、なぎさんぽしたな)
ある日、大阪の仲間との飲み会に参加した時に、
今度 ポスタのデザインコンペするんすよ〜
と泣き言言ってたら
その参加メンバーの中の一人の方が
『滋賀、琵琶湖…。ならビワコオオナマズやんね〜』
と言われたのに触発されて
(!)と
なま◯先生が生まれた と言う誕生譚。
結局。
アイデアなんてもんは、会議室や
机の上なんかでは出てこない
外で散歩中だったり トイレの中だったり(笑)
電車の中だったり
こうして、飲み会の雑談だったり。
『考えようとしないから 考えが出る』のかも
知れませんね。(笑)
この夜の、飲み会は、あたしにとって
本当に、得難い僥倖だったと思います。
その後、数回コンペに通して貰って
その後も、あたしのデザインや
デザイン室の他の人の案が
コンペ通らなくて落選しても、
あたしに『〜しているところで宜しく』と
イラストのみの仕事が来て、
なんとか、体面を保つ事が出来ました。
しかし、今考えると
今の様に生成AIが発達する前で
本当に良かった(笑)
2024年からはもう、お声がかかってませんが
SJCもそろそろスタイル変えたいのかも知れないし
この程度のイラストなら、何もあたしでなくてもね(笑)
でも、こんなの一つでも
何かしら人のお役に立てて、
生きた足あと残せたと言うのは
よくよくラッキーで
幸せな事だったんだなぁ。と
思います。
今時点では まだSJCで使って貰ってます 嬉しいな
因みに 著作権買取契約だったので
あたしは一銭も入りまへん(笑)
でも、初回コンペ優勝で報奨金でたん
それで、お方様に指輪買ったな。
宝飾店の店員さんは
コンペとったんでと言うと
『そうですか〜コンペ優勝で』
と言ってたけど
アレ 絶対ゴルフコンペや思てたな(笑)
若い頃の 苦しかったけど
今となれば、懐かしく思い出されるあの頃。
そんな思い出が持てて
本当に幸せです。
ひこにゃんも もへろんさんも
末長く頑張ってください。
同じ道を(ちょっとだけ)歩いたものとして
応援しております。
20周年おめでとう
頑張りましたね。あなたは滋賀の誇り
のちに続いた〜にゃんとはやはり
一線を隔していますよね
流石 もへろんさん!
今回もお出で頂き、ありがとうございました
感謝致します。
嬉しい 楽しい 幸せ。
皆様と共に。