こんちわ ただ歩いてるだけの主夫もどき
CHOKKOです。
まだまだ 暑いですが
そろそろ、夏も終わり。
小学生とかは、来週から学校が始まってしまう
残念なコもいるのかな?
今日がお休み最後の日のコも
いるのでありましょうや?
さてこの時期
23日〜25日はね、
こちらでは
『地蔵盆』と言いまして、
地区ごとに、お地蔵様をお迎えし
(元からあるところはお祀りし)
お供えをして、お祀りする時期
そして、子供達にとっては
ゲームや、おやつ、ゲームなど
アトラクション的なことをしてね
しかも、おやつを貰えて、おかしも貰える
夏休み最後の、そう仕上げ的な
お楽しみの日なのですね。
あたしの町内は、とある理由から
三年に一回の開催で
しかも、お年寄りが多い地区だったので
あたしの子供の頃は
よその地区が、ゲームとか
映画大会とか、リクレーション要素が
多いのに、うちは、ホントに地味で
他所の地蔵盆が羨ましいものでした。
代も代わり、時代も変わり
最近は、うちの地区も
ミニ出店とかあって、なかなか
リクレーション要素が強くなってきて
現代(いま)のお子さん達は、ええなぁ、
と思う今日この頃。
今日 なぎさんぽの帰りに
地蔵盆の前を通りかかったら
どうぞ と誘われたのですが
と用意やなんや、手伝ってないのに
西瓜ぞうぞ言われて、いただく訳にはいかず
とりあえず、お地蔵様を拝ませてもらって
退散しました。
うちの地区のお地蔵様は
その昔 盗みに入った泥棒が
盗んで行こうとしたら
うちの地区から出ることが出来なかった。
そして、地蔵堂を建てようとしても
お地蔵様が拒否された という
不思議な逸話があるのです。
うちのお地蔵様と言うのは
よく見る、石仏ではなく、
巨大な厨子の中に収まった
彩色の施された、木彫の地蔵菩薩隆立像で
あたし、思うに
あれは、おそらく
人が厨子を背負って家々や、集会所を巡る
歩き佛(と言うのかな)だと思われます
地蔵堂を建ててはならぬと言うのも
歩き佛として有るべきと言うことなのかと。
後 この地区の家々では
それぞれ地蔵様をお祀りして知るところが
多くてね、
うちでも、小さいお社に入った
小さな木彫の地蔵尊を
お祀りしていたのですが、
それも今日まで。
さて、お地蔵様 と言うと
この『六体地蔵尊』
これ、実は膳所城の椀蔵を移築したもの。
後ろからのショット
おそらく、白壁だったところは
トタンの様な外版に覆われています。
屋根 四隅の鬼瓦には
膳所藩 本多家の家紋
みつばの立葵紋が残ります。
小さな石橋
これも江戸時代のもので
膳所城からの移築物との事。
街のそここに眠る
古の記憶。
そんなのを巡るのも
また一興。
さて。
お地蔵様のこのお祀り時期
そして、
地蔵盆が終わると
湖国もいよいよ夏の終わりが来ます。
気温の暑い寒いに関わらず
季節と言う物は、移ろっていく。
地蔵盆とともに
湖国の暑かった夏が、空の向こうに
湖(うみ)の向こうに
吹かれていきます。
今回もおいで頂き、
有難う御座いました。
残り少なき夏の日を
名残惜しみつつ、過ごしましょう。